2009年08月31日

「市町村合併で「地名」を殺すな」

洋泉社
片岡正人 著
市町村合併で「地名」を殺すな
(2005年6月28日 初版)


前の3分の1が(各論も含むが一応)総論、後の3分の2が一つ一つの新地名についての評。
「殺すな」のタイトル通り、相当に手厳しい。
自分は著者にほぼ同意する側なのでまだしも、「みどり市」や「さくら市」を支持する人が読めば大いに不快に思うだろう。

以下は、著者による、地名はいかにつけるべきかの「試案」。

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(1)合併する地域全体をほぼ指し示す広域名称や通称があれば、それを用いる。

(2)現在、その種の広域名称や通称がない場合は、古代や中世など過去にさかのぼって、それに該当する地名がないかを探し、適当なものがあればそれを用いる。旧郷名や旧郡名、荘園名などがそれにあたる。

(3)合併する地域の中に存在する象徴的な存在(川や山、神社仏閣など)から採用する。

(4)上記いずれでも適切な名称が見当たらない場合は、以下の三つの方法を選択する。
 (a)郡名や地方名などに方角を付けて示す。
 (b)合併する市町村のうち、規模が突出して大きな都市や、
   歴史的にその地方の中心としての役割を担ってきた都市がある場合は、
   その名称を継承する(中核都市名継承原則)。
 (c)合併する自治体の規模に大きな差がない場合などは、連称とする。

(5)やむをえず、新しい名称を考案しなければならない場合は、土地の歴史や地理を十分に研究の上、安易な瑞祥地名や観光振興を目的とした軽薄な名称は慎む。

(6)合併する旧市町村の名称は、それが適切な命名であったものに限り、下位の行政地名、すなわち「町」や「大字」「大字の冠称」「区」などとして極力残す。合成地名などをあえて残す必要はない。

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ちょっと補足。
(4)の(c)の「連称」とは、例えば「佐藤市」と「鈴木市」が合併するなら「佐藤鈴木市」とする、ようなこと。
(5)の「瑞祥地名」とは、例えば「共和・美里・栄・旭・緑」とか、そんなの。


自分の考えもこの試案に近い。
(2)で、あまり古い地名をほじくり返すのもどうかと思うが。
なぜかこの試案には入ってないが、著者は安易な平仮名地名も忌み嫌っている。
そこんとこも試案に入れたい。


また、別のところで

「合併する町村のうち一つの名称を用いると公平ではなく、対等合併になじまないという理屈は、単なる悪平等である。」

と書かれているが、ここが最も強く同意したいところ。
例えば「佐藤市」と「鈴木市」が合併して「佐藤市」になったのでは不公平だからダメ、ってやつ。
それで「佐藤」も「鈴木」も使えなくて結局「お花畑市」みたいな名前になって笑いものに、ってなケースが多いのではないか。
まさに悪平等。
学芸会の劇で一人のはずの主役が何人も出てくるとか、運動会の競争でおてて繋いでゴールインしてみんな1等賞とか、それと同じ馬鹿馬鹿しさ。


一方。

「「難読地名」を避けてはいけない」 として、

「読みづらい漢字があるということこそ日本の文化の多様性の一つであり、それを否定することはまさに言語文化の破壊である。」

と書かれているが、自分の考えはちょっと違う。
確かに難読漢字も日本の文化だが、文字も地名も一種の記号であり、読みやすさ・分かりやすさも考慮する必要があると思う。
(だからと言って平仮名やお花畑にせよ、というわけでは断じてない。)
“難読”も程度問題だが…


さて、後の3分の2の個別の新地名について。

県ごとに書かれているが、中でも一番ひどいと思ったのが山梨県
甲斐市」と「甲州市」というのが誕生した。
どう違うんだっての ^^;
どちらかが「甲斐」の起源の地だとか、昔の甲斐国の中心だったとかいうわけでもないようだし。
もちろん、元からあった「甲府市」も残る。
甲府市・甲斐市・甲州市…
それに加え、県名と同じ「山梨市」もある。
まあ山梨市は元々が「山梨」という地名だったようなのでいいのだが。


一方で「中央市」というのも出来た。
「中央市」ってさぁ…
合併協議会の議事録を見ると、選定理由としてこうある。

「地域的にこの地域が中央にある、県内の中央にあるというイメージができまして、また分かりやすく書きやすいなどの理由でございます。」

だそうだ。
県の(ほぼ)中央、書きやすい、のはその通りだが、しかしねぇ。

まあ中央“町”というのは以前から他県にあったが、市では初めてだと思う。(四国中央市はあるが)

中央“区”というのも多いが、同時に「北区」とか「西区」とかも多い。
その場合はその市(あるいは東京の区部)の中での相対位置を表すという意味・目的でいいだろう。
ここで重要なのは「市」だ。
例えば札幌市北区の住民が、東京で住所を聞かれた時に「北区」とは言わないだろう。
「札幌」(あるいは「北海道」)と言うはずだ。

同様のケースで甲府市民なら「甲府」と答えられるが、中央市民は?
住所を言ったり書いたりする時、必ず「山梨県」とセットにしなければならないだろう。
今後何かで中央市が有名になったとしても、「中央」だけでは「はぁ?」ってな顔をされるはず。
江戸時代までなら“甲斐の中央”という意識でもいいと思うが、この交通・通信が発達した現代で「中央市」?
あんたら山梨県から出たこと無いの?

中央市民の名誉のために。
上記リンクにもあるが、市名の最終決定は選考委員の投票によるもので、市民投票での決定ではない。
決定(内定?)後に市民から反対の意見も多かったようだ。
そりゃそうだろうねぇ。


で、山梨県のとどめが「南アルプス市」。
この名称、今までそんなに悪くはないと思っていた。
正式ではないにせよ既存の地名だし、北海道ではカタカナ地名が珍しくないせいかも知れない。
だが、今回改めて地図を見てみて思い直した。
もっと南アルプスに貼りついたと言うか、山並みに平行な市域なのかと思ってたが、むしろ“垂直”だ。
最高峰の北岳を市域に含んではいるが、それでもこれはちょっと違う気がする。



…と言いたい放題言わせていただいたが、この本でも相当に厳しい言葉が使われている。(山梨に限らず全体的に)
例えばこんな感じ。

「自らが育んできた文化を自らの手で葬る愚劣極まりない行為である。」
「きわめて幼稚である。」
「軽薄さだけが浮かび上がってくる。」
「まったく呆れてしまう。」
「幼稚園のクラスの名前を決めているのではないはずだ。」
「きちんと勉強してもらいたい。」
「断じて許されることではない。」


著者は読売新聞の記者で、紙面に連載された記事が元になっているようだが、それに「大幅に加筆した」とある。
紙面ではこんな言葉ではなかなか書けないから今回加筆しました、ということだろうか?
それとも連載時からこんな言葉だったのだろうか?


ところで自分の場合、今住んでいる札幌も、生まれたところも、過去に住んだところも、どこも平成の大合併とは無縁。
この地名論争に外野からしか参加できないのはちょっと寂しいが、お花畑的命名の犠牲にならずに済んだのは幸いだった。


長くなった。
ま、誰もここまで読んでないだろう ^^;
こんな話なら自分も本1冊分ぐらい書けそうだ。


posted by 並句郎 at 11:42|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする