2015年06月30日

「漢字がつくった東アジア」

150630.JPG筑摩書房
石川九楊 著
漢字がつくった東アジア
(2007年4月25日 初版第1刷発行)


主題・主語は「東アジア」であって、趣味的な軽いノリで「漢字」の部分に期待するとちょっと外れる。
あとがきには「「漢語がつくった」という方が正確」ともあり、だったら最初から「漢語が…」にしといてくれよ、と。
早い話が、東アジア史の本。

で、まあ何と言うか、巨視的と言うのか、スケールの大きい話で、なるほどと思う部分も多い。
古代中国(というか、漢字・漢語)の影響力は大きかったんだなぁと改めて思わせるが、そう思えば思うほど、今の中国はどうしようもねぇな、とも思わざるを得ない。
別の方向での影響力は今も大きいけれどもねぇ。

著者は書家とのことなので、楷書や草書がどうこうという話も多く、その辺は専門家向けかなとも思うが、

▼(P36)
書の歴史は、楷書→行書→草書と動いてきたのではなく、隷書と同時期に初期の草書が生まれ、そして草書が行書化し、さらに楷書化していきます。


この話は意外だった。
そーなのか。



それはいいのだが、しかし…

序章の段階から怪しさはあった。
北朝鮮による拉致問題は騒ぎすぎだ、とか。
で、特に第5章以降。
読んでいてクラッとした。
漢字の話なんかそっちのけで、朝鮮はこんなにひどい目に遭った、日本は悪い、強制連行がどうの従軍慰安婦がどうの創氏改名がどうの…
はぁ、そういう認識の人であり、そういうことを書いた本でしたか。
他にも、憲法9条はすばらしい、死刑は怪しからん、米軍は沖縄から出て行けとか、なんつーかもう典型的。


▼(P138)
北朝鮮ではなく共和国といった方が本当はいい
(中略)
南を韓国というのであれば、北はやはり共和国と表記しなければおかしい


大韓民国→韓国、ならば、朝鮮民主主義人民共和国は「朝鮮国」なんじゃないのか?
「朝鮮共和国」でもいいが。
すぐ隣の中国をはじめ「ナントカ共和国」が沢山ある中で、単なる「共和国」がすなわちイコール北朝鮮という感覚は、朝鮮人のものでしかあり得ないだろう。

やっぱそういうことなのかなー。
この人、生まれ育ちは日本みたいだけどさ。

朝鮮とは直接関係無いはずのベトナムについての章で「日本海(東海)」なぁんて書いちゃってるし。(P180,182)

あと、これ↓とか。

▼(P163)
北朝鮮の脅威など何もないと思います。たとえばミサイル云々という話をしていますが、北朝鮮がミサイル発射の実験をするとすれば、これは大陸に撃ち込むわけにはいかないのですから、日本海に撃つか、もうちょっと延びれば日本を越えて太平洋へ向けて撃つということにしかそれはならないのです。


やっぱりねーって感じ。

あと、これ↓とかちょっとどーなの。

▼(P164)
(9.11、WTCのテロについて)これはまぎれもなく、突入した飛行機の側に責任がある。しかし、そのビルがその後自己崩壊を遂げた。この自己崩壊は二次的に起こったもので、問題はその建物の構造にあった。したがって、死んだ人の5分の4の責任はビルを設計した建築家、あるいはそのビルの建設を許したニューヨーク市当局にあるというのが私の考え方です。


いや、実際のところあの建物の構造がどうなのか知らないけど、あんただって建築についてそんなに詳しいとは思えないんだけどさ、5分の4の責任ってのもどういう計算なんだか、テロリストには5分の1の責任しか無いと?
なんか色々ホントにもう勘弁してください。


そんなこんなで、一般向けの本とはとても言えない。
いいことも書いているのだが、それが霞むほどの妨害電波。
東アジア史・書道史に興味があり、かつ、強力なノイズフィルターを完備しているかたのみ、まあヒマがあればどうぞ。
自分のフィルターでは少々性能不足でした ^^;

posted by 並句郎 at 22:34|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月27日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘267 「尤」

がっかりも も?
kaiko267.jpg



札幌の時計台。
撮影は1982年。
がっかり名所として有名らしいね。
がっかりももっとも、なのかどうか、そりゃまあビル街の真っ只中の、さほど大きくもない木造2階建てだからねぇ。
大きけりゃいいってもんでもないが、期待する方が悪い、と言っては言い過ぎか。
でも期待しないで行けば意外と良かったりするかも知れない。


「完全征服」によると「尤」の読みは…
って、これまた前回に続いて部首の分からない字だ。
「尢(だいのまげあし)」か。
そう言われれば聞いたことある気がする。
まあ漢検の勉強中に一度は見ていると思うが、準1級では部首は問われないのでねぇ。
つーか「だいのまげあし」って、足の曲がった「大」ってことだろうか。
だとしたら「まがりあしのだい」と言うべきでは?

その「尢」の字は漢検対象外のようだが「オウ」と読み、象形としての成り立ちも字義も、足の曲がった人、とのこと。


では改めて。
「完全征服」によると「尤」の読みは、
 音読み=ユウ
 訓読み=とが(める)・もっと(も)・すぐ(れる)

字の成り立ちは、指事(漢語林)・象形指事(漢字典)・会意(漢字源)・形声(漢辞海)などとバラつき、解釈も色々。
一例として漢語林では、「手の先端に一線を付し、異変としてとがめるの意味を示す。」とのこと。
で、いずれにしても、点のつかない「尢」の字とは無関係で、たまたま形が似ているだけのようだ。


「もっとも」と読む場合のうち、「最も」と同義ではなく、「道理にかなっている」とか「ただし」などの字義は国訓とのことで、それらの意味での熟語は見当たらない。

漢検勉強中に見た熟語は「尤物(ユウブツ)」ぐらいだろうか。
漢語林による語義は「①すぐれた人物。また、すぐれてよいもの。②美人。美女。」。



札幌に名所はいくつもある。
(モット)も、時計台が尤(モット)も尤(スグ)れているなどと言えば尤(トガ)められるのも尤(モット)もだ。

…ちょっと遊んでみました ^^;

posted by 並句郎 at 21:05|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月24日

「父・宮脇俊三への旅」

150624.JPGグラフ社
宮脇灯子 著
父・宮脇俊三への旅
(2006年12月30日 第1版第1刷、2007年2月5日 第2刷発行)


紀行作家の故・宮脇俊三さんの長女が、父親や宮脇家について書いた本。
面白くて一晩で読んでしまった。

宮脇俊三さんの本はかなり読んだが、ご家族の話はあまり出てこなかったような気がする。
そりゃまあ基本的に紀行文だから当然だけど。
そうですか、こんなご家庭だったんですねぇ。
いや、父親の職業がやや特殊だというだけで、まあ普通のご家庭ではあるのだが、子供は女の子が2人ということもあってか、楽しく微笑ましい。

が、父親の死に直面する第Ⅲ部は胸が詰まる。
そんな最晩年でしたか…
亡くなる直前までのんびり汽車旅、とはいかず…


それでも、
自分の人生でやりたいことはすべてやったし、行きたいところへも行った。心残りはない」(P145)
と言える人生。

娘に、
編集者として、紀行作家として、二つの人生を全うした父」(P181)
と言わせる人生。

一つの人生ですらままならぬ身としては大変に羨ましいですよ先生。



さすが父親に鍛えられたせいか、DNAの為せる業か、とても読み易い文章に好感が持てる。
宮脇俊三さんを知っていればもちろん、知らなくても面白く読めると思う。
が、鉄分はごくわずかなので念のため ^^;

posted by 並句郎 at 18:53|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘266 「也」

本日は晴天
kaiko266.JPG


能取湖畔。
北海道。
撮影は1991年。
「完全征服」によると「也」の読みは…
と調べようとして、はて、この字の部首って何?
…「乙」の部だった。
納得いかない。

で、読みは、
 音読み=ヤ
 訓読み=なり・や・か・また

音でも訓でも「や」なのか。


漢和辞典を見てみる。
新明漢以外は手持ちの全てで「乙」の部。
象形文字とのことなので、「乙」とは無関係だろう。
形も結構違うし、乙の部に入れたのは苦し紛れかねやっぱり。

で、何の象形かと言うと、大きく分けて、サソリ説と女性の生殖器説があるようだ。
後付け解釈の限界を見るような気がする ^^
で、いずれにしてもそれらの意味で用いられることは無く、仮借で助詞として使われる字。
熟語も助詞的なものばかり。


文字としてはどうも面白くないので、蛇足だが「本日は晴天なり」をググってみた。
Wikipediaより。


無線用語の一つで、調整信号。マイクテストにも良く使われる。英語で良く使われていた『It's fine today』の直訳。転じて放送のマイクテストでもよく使われるが本来の英語でテストしないと意味が薄い。これは『It's fine today』の音は周波数帯域が広いためで、日本語の『本日は晴天なり』では満足な要素が得られない。


へー。
元は映画か何かのセリフかと思ってたが、違ったようだ。

posted by 並句郎 at 20:14|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月16日

「死顔」

150616.JPG新潮社
吉村 昭 著
死顔
(2006年11月20日 発行)


目次。

ひとすじの煙
二人
山茶花
クレイスロック号遭難
死顔
遺作について─後書きに代えて 津村節子


この中の「死顔」が、2006年に亡くなった吉村さんの遺作。
津村さんは吉村さんの妻。

いつもながら期待を裏切らない吉村さんの短編集だが、やはり津村さんの「遺作について」が、ね。
短いけれども重いですよ、そりゃ。

今さらながら改めてご冥福をお祈り致します。

posted by 並句郎 at 20:56|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘265 「哉」

仲よき事は美しき
kaiko265.JPG



洞爺湖。
撮影は1990年。
周りに他の鳥は全く見当たらず、この2羽だけだった。
夫婦なのか親子なのか何なのか分からないが、多分、仲は悪くないと思う ^^


「完全征服」によると「哉」の読みは、
 音読み=サイ
 訓読み=かな・や・か

「サイ」なんて知らなかったな。

漢和辞典を見てみる。
「𢦏」が音符の形声文字とのことで、「裁・栽」などを思えば「サイ」という音も納得。
熟語に「快哉」があった。
そう言われればそうだね。

が、他に熟語は見当たらない。
「かな・や・か」と読んで助詞として使われる場合が多いようだ。

音符「𢦏」の意味付けとしては例えば漢字典では、「裁」に通じて「たち切る意」とし、「口」と合わせて「ことばの切れ目の意を表す。転じて、助字に用いる。」とのこと。


「快哉」だが、漢字源の「快」の項で「快哉」を見ると、「「快(ヨ)きかな」という叫び声から」とある。
すると「快哉を叫ぶ」という言い方はヘンなんじゃないの?
「快哉叫ぶ」じゃないと。
…などとケチつけるのは無粋なること哉 ^^

posted by 並句郎 at 20:24|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月10日

「東北」

150610.JPG中公新書 1584
河西英通 著
東北 つくられた異境
(2001年4月25日 初版、2004年5月20日 3版)


カバー(そで)より。
東北はどう見られ、とう語られてきたのか。

…について、主に明治期の出版物をたどる。

…という本なんだけども、そのあたりをよく見ず、もっとこうハード面での開発史みたいなのを勝手に想像してたので期待はずれだった。
もちろんそれは著者の責任ではない ^^;


で、東北はどう見られてきたのか、あるいは東北人自身はどう見てきたのか。
“どう”ってのは、つまりは東北の反対の西南である近畿や、特に明治期でもあるので薩長土肥と比べて、ってことになり、それはそれは散々な言われよう。
例えば
▼(P13)
野蛮・未開・不潔・怠惰・淫乱・固陋などのレッテルが貼られ、嫌悪と嘲笑の眼差しが投げかけられた

…とか。

しかし未開であることはそれだけ発展の余地がある、と前向きに考えてみたり、沿海州との航路に期待してみたり、色々がんばってみる。
…のだが、東北を飛び越して北海道の方が発展したりとか、なかなかままならない。
そうこうしているうちに明治は終わり、本書もそこで終わり。
現代はどうなのかまで語られていないので消化不良感があり、またハード的にどうこうではなく人々の認識の話でもあるので、なんだかはっきりしないフワッとした読後感。
終章の最後3行は鳩山由紀夫が書いてるのかと思ったが… ^^;


自分は宮城県に数年住んでいたことがあるが、“東北”ってのを意識することはあまり無かったかも。
奥羽山脈の上の夕焼け空を眺めて、あの下は山形県だなーと思った時に、あぁここは東北なんだーと改めて気付いたりして。
期間が短かったし、東北人の東北認識がどうなのかまでは分からない。
それに“西南”に住んだことも無いので、それとの比較も難しい。
自分にとっての東北は、住んでいた当時の、またそれ以外でも旅行先としての懐かしさばかりで、特段に後進的だとかのイメージは…
いや、正直なところそれもゼロではないかも知れないが。


明治の文章の引用が多いので、難しい漢字が沢山出てくる。
個人的には本の内容よりもそっちの方が面白かったりで著者には申し訳ない。

posted by 並句郎 at 22:09|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月05日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘264 「儘」

朽ちるが
kaiko264_1.JPGkaiko264_2.JPG

くちるがまま。
指宿枕崎線大山駅。
鹿児島県。
撮影は1984年。
kaiko264_3.JPG「大山駅」の文字があったものと思われる。
昭和35年、つまり駅開業時に建てられたようだが、それから全くメンテナンスされてない、のかも。
何か看板もあるし、少しは乗降客もあるだろうが、不気味な落書きがあったり、朽ちるが儘、荒れるが儘、か。
現状の画像をググってみると、もうこの建物は撤去されているようだ。


「完全征服」によると「儘」の読みは、
 音読み=ジン
 訓読み=ことごと(く)・まま

漢和辞典を見てみる。

形声または会意形声文字とされているが、何故にんべんなのか意味不明。
が、漢辞海にはこうある。
「任(まかす)」の意として、唐詩では「尽」字を用いたが、宋以降の詩や詞では「儘」字を俗用するようになった
なので、にんべんは「任」の字由来なのかも?

で、「まま」というのは日本語用法のようで、同じく漢辞海によると、
宋元代に、「…にまかせる」の意味で「儘」が使われたことから、日本語の「…のまま」を、「儘」で表記し、さらに、独立した形式名詞の「まま」にも、この表記が用いられるようになった。

んー、なんともクセのある字のようだ。
こういう字は好きじゃないなー。


「儘」で始まる熟語は少ないが、ほとんどの辞書に「儘教(ジンキョウ)」が載っている。
宗教ではなく、訓読みでは「ままよ」「さもあらばあれ」で、語義解説としては例えば、
ほしいままに。好きなように。(漢辞海)
どうあろうとも。(漢字典)
そうなるならなれ。なんとでもなれ。ままよ。また、とまれかくまれ。どうあろうとも。ともかく。(漢語林)

…など。
なんだかよく分からんが、とにかく投げやりな語だ。
この投げやり感は嫌いじゃない ^^
まあ熟語としては「我儘」「気儘」ぐらい覚えておけばいいよね。

posted by 並句郎 at 20:54|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

ひ弱

前回エントリの「殆」の中で、「ひ弱」と書いた。

で、ふと。
「ひ弱」の「ひ」って、漢字ではどう書くんだ?


想像。
「非」。「非弱」。いや、それじゃ弱くないことになっちゃうな。
「卑」。「卑弱」。んー、「卑しい」っていう語感は無いと思うが…

「弱」を訓読みで「よわ」と読むんだから、「ひ」も訓読みだろうか。
訓読みで「ひ」と言うと…

「火」。「火弱」。なんつーか、こう、風前の灯火的な?
「日」。「日弱」。意味分からん ^^;


降参してググってみると「弱」ってのが出てきた。
が、どうも薬屋のページばかりが引っ掛かる。
宣伝文句にするためのこじつけ、当て字なんじゃないのかこれ。
そこで青空文庫で検索してみると、おー、出てくる出てくる。
岡本かの子、魯迅、芥川龍之介、梶井基次郎、石川啄木…
これは間違いない、かな。

国語辞典を見ると「ひ」は接頭語ともあるから、当て字なのかも知れないが。

ひょっとして漢検1級業界では当たり前なのかも知れないけれども、覚え書き。

posted by 並句郎 at 20:10| 漢字 | 更新情報をチェックする