2014年05月28日

「エトロフ島」

140528.JPG吉川弘文館 歴史文化ライブラリー78
菊池勇夫 著
エトロフ島 つくられた国境
(1999年11月1日 第1刷発行)


書名は「択捉島」ではなく「エトロフ島」。
理由はプロローグにあり、「明治以降のアイヌ語の意味を無視した漢字表記を、使用されていない過去にまで溯って使うことにはためらいを感じる」(P6)ためだとしている。
なるほど。
じゃあその「エトロフ」の「アイヌ語の意味」とは何か、と言うと、諸説あって定まらないようだ。


で、そのエトロフ島の江戸時代の頃について主に書かれている。
当然、高田屋嘉兵衛も登場。
日本人目線でもアイヌ目線でもなく、中立的な感じ… では一応あるのだが、記録がほとんど日本人によるものしか無いので、その文献を追う形になるのはやむを得ない。
アイヌが文字を持っていたら、そしてそれによる記録が残っていたら…
色々と面白かろうと思う。


副題の「つくられた国境」だが、単に日露間の国境ということではない。
アイヌにしてみれば、日露の国境ができたおかげで、それまでのように千島を自由に往来できなくなってしまった。
アイヌのテリトリーを分断する、よそ者によってつくられた、必要無いはずの壁。
そんなところだろう。


この本で、歴史的には択捉島までは完全に日本の領土であること、択捉島と得撫島の間には“つくられた国境”が厳然としてあったことを確認できる。
が、現代の北方領土問題を考える上ではあまり参考にはならない。
と言うのは…
北方領土に限らないのだが、領土問題を考える時に「歴史的」にどうこうってのは意味無いんじゃないかと思うのでね。
歴史的にどうであろうと、直近の有効な条約などでどう決まったかが全てなんじゃないの?
そういう条約などが無いんだったら別だけど。
だから、歴史的云々を声高に叫ぶ側ってのは、すなわち条約などの解釈では不利な側なんじゃないかと。
まあ、そこで改竄・捏造した歴史を持ち出されたら、それに対抗して正しい主張をせざるを得ないけれども。

あ、一応、この本の中で現代の領土問題についてどうこう言っているわけではないので悪しからず。


覚え書き的蛇足。

1798年に近藤重蔵がエトロフ島に「大日本恵登呂府」の標柱を建てた。
で、この本には載っていないが、その写真を他所で見かける。
近藤が建てたのは木製だろうと思うのだが、それが写真に撮られる時代まで残っていたのか??
…と思ってググってみたら、写真にあるのは昭和5年に建てられたもののようだ。

posted by 並句郎 at 19:33|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月24日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘222 「茅」

西寒川⇔ ヶ崎。
kaiko222.JPG


今は亡き西寒川駅。
神奈川県。
撮影は1984年。

茅ヶ崎って、知名度はどの程度だろかね。
「かやがさき」じゃありません。
勝手にシンドバッドで「砂まじりの」と歌われた「ちがさき」です。
「砂まじり」って何だろ?
砂っぽい、ほこりっぽいってことかな??
そりゃまあ砂浜があるしね。


「完全征服」によると「茅」の読みは、
 音読み=ボウ
 訓読み=かや・ち・ちがや

「ち」であり「かや」であり「ちがや」でもある。
こういうパターンの字って、他にあったかな?

で、その「ち・かや・ちがや」の違いって何?
以下、デジタル大辞泉より抜粋。

ち【茅】
チガヤの古名。

ち‐がや【茅/茅萱/白茅】
イネ科の多年草。原野に群生し、高さ約60センチ。

かや【茅/萱】
屋根をふく材料とする草。イネ科のススキ・チガヤやカヤツリグサ科のスゲなどの総称。



まず、植物名としては「ちがや」で、その古名が「ち」。
で、その「ちがや」も含めて、屋根葺きの材料になる草の総称が「かや」。
…ってことであってる?
ややこしい。


音符「矛」の意味付けとしては、例えば漢語林では、
ほこの意味。」とし、草かんむりと併せて「ほこのように突き出た草、かやの意味を表す。」とのこと。


ところで、浅茅陽子さんっていう女優さんがいるけど、あの人は「あさ」じゃなくて「あさ」なのかな?
Wikipediaを見ると本名で「あさ」らしい。
でも国語辞書を見ると「浅茅」は「あさ」で載ってるな。
んー。
常磐津=ときわず、みたいな?

posted by 並句郎 at 21:18|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月20日

「北海の豪商 高田屋嘉兵衛」

140520.JPG亜紀書房
柴村羊五 著
北海の豪商 高田屋嘉兵衛 日露危機を救った幕末傑物伝
(2000年12月15日 第1版第1刷発行)


他書でたびたび目にする高田屋嘉兵衛だが、主人公にした本は初めて読んだ。

タイトルの「豪商」「傑物」そのまま。
読んでいて爽快感がある。
なんつーか、自分と正反対の人物だなー、と ^^;
何しろ“日露危機を救った”んだからね。


「魯西亜から来た日本人」の主人公・善六も登場する。
その「魯西亜-」の中では、ある日露会談の場で通訳を務めた善六は大した仕事ができずに落胆した、ような書き方だったはず。
だがこの「北海-」では、「(善六が)この交渉妥結に果した役割は大きかった」(P301)とある。
実際どうだったのかね。
他にも、今まで読んだ漂流記に出てきた人物が何人も出てくる。
類書をまとめて読み比べるのも面白いだろうね。時間さえあれば。


とにかく、内容も文章も良く、全日本人におすすめしたい本、ではあるのだが…
残念なことに誤字脱字が多い。
いちいち数えてないが、数ページに1ヵ所ペース。
こんなに誤記の多い本を読んだのは初めてだと思う。
同音異字の誤りが目立ち、「宗谷海峡」が「艘や海峡」(P107)になってるあたりを見てもワープロの変換ミスが多いようだ。
原著は1978年の刊行で、それに亡き著者の遺した加筆・訂正文を反映させ復刊したもの、とのこと(P2)なので、復刊時のミスかと。

あ、この中央図書館の蔵書、中に1ヵ所だけ赤ペンで誤字訂正がしてあるが、犯人は私じゃありません。
私より前に読んだ誰かの仕業ですので ^^;
その犯人氏も、あまりの誤記の多さに1ヵ所であきらめたのか…


あと、サブタイトルの「幕末傑物伝」。
嘉兵衛が生きたのは 1769-1827年で、この辺は普通「幕末」とは言わないのでは?
まあ開国にも繋がる事件の当事者ではあるし、幕末の入り口ぐらいではあるかな?
終わりの始まり、みたいな。

posted by 並句郎 at 23:21|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘221 「跨」

線橋。
kaiko221.JPG


石勝線夕張支線の清水沢駅。
北海道。
撮影は2000年。
なんでこんな写真を撮ったのやら。
木造の跨線橋の雰囲気が良かったのか。
この幅の広さが往時を偲ばせる… が、ググると、この跨線橋はもう撤去されているようだ。
跨線橋どころか路線自体も撤去されかねない、ような、気も。


「完全征服」によると「跨」の読みは、
 音読み=コ
 訓読み=また(ぐ)・また(がる)・よ(る)・また

「よる」って何だっけ?
漢和辞典を見てみると「拠る」で、占拠すること。
跨拠 コキョ」「跨有 コユウ」などの熟語もあり、両方に跨って占拠することのようだ。


音符「夸」の意味付けとしては、例えば漢語林では、
弓なりに曲げるの意味。」で、足へんと併せて「両足を弓なりに曲げる、またぐの意味を表す。」とのこと。


新選漢和にだけ、「跨竈之才」という四字熟語が載っている。
意味は「父より人物学問がすぐれていること。
漢籍からの言葉なんだろう。
ググってみた。
小山裕之のホームページ様の中のこのページより。
竈の上には釜があり「釜」は「父」と同音」なので、それを跨ぐことで「「父を超える」の意味になる。」とのこと。
なるほどー。
でもそれだったら「跨釜之才」で、いや、単純に「跨父之才」でいいような…
何かもっと深い意味があるのか、単なる言葉遊びなのか。

ところで「跨」も「竈」も「之」も準1級配当漢字だが、この語は初めて見た。
漢検の四字熟語辞典にも、少なくとも準1級配当としては載っていないはず。
だから四字熟語としての出題は無くても、満点阻止目的で故事・諺問題で出る、かも?

posted by 並句郎 at 21:31|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月15日

「札樽國道物語」

140515.JPG北海道道路史調査会
三浦 宏 編著
札樽國道物語
(平成17年12月15日 発行)


さっそん國道物語。
「さっ」は札幌の札。
「そん」は小樽の樽。
併せて札樽。
「京浜」とか「阪神」みたいなものだが、それらと違って、途中、山が海まで迫り断崖絶壁となっていて道一本通すのも容易でない。
その道を通して整備して、の物語。

編著者の三浦氏はこの道の工事にもあたった実務者で、他にも著書はあるものの本職の作家ではないようだ。
「編著」となっているのは、「おわりに」にあるように「多くの資料などから本書は編集したものである」…からだろう。
で、その“編”の部分はまあいいのだが、“著”の部分が、正直ちょっと…
著者のクセなのかと思うが、なんで同じ話を繰り返すのだろう?
大事なことだから2回言いました、みたいな??
また、テーマがテーマだけに仕方ないのだが、例えば舗装材のアスファルト比率がいくつ、みたいな専門的な話も多く、門外漢にはつらい部分も。
が、まあ、工事の苦労の程はよく分かる。

そんなこんなで多少の読みづらさはあるものの、たまにこの道のお世話になる自分としては非常に興味深かった。
出来上がった状態しか知らないからそれが当然のように思ってたが、考えてみればあんなところに道を通すのはそりゃ大変だったろう。
断崖部分以外でも、未開の山野みたいな部分も多かったはず。
逆に、この道と無縁の人だと興味ゼロかなー、とも思う ^^;

この札樽間、JRの鉄道線でしか通ったことがない人も、特に観光客には多いと思うが、ぜひこの国道も通ってみて欲しい。
鉄道だと断崖の下の寂しい波打ち際を行く区間が長いが、国道は標高100m以上の高いところを通る。
鉄道とはまるで印象が違うはず。


ひとつ覚え書き。
「北海道百年〈上〉」からの引用部分。
▼(P30)
鉄道建設は「銭函-札幌も旧人道を利用、札幌ではいきなり空知通り(北6条)に乗り入れた。道路変じて鉄道線路、ということになると既成市街地では市街のどまんなかを汽車が走ることになった。南小樽、銭函、琴似駅などに、こんにち駅前広場がないのはこのためという」


なるほどー。

posted by 並句郎 at 21:41|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月13日

幕末古写真ジェネレーター

どんなにオシャレな写真でも、古臭くしてみせます…

というサービスサイト(?)。

懷古寫眞舘の管理人としては、これは是非使ってみたい。
そこで懷古寫眞舘の目次ページの写真で試してみた。

おー、これはなかなか面白いな。

というわけで写真を差し替えた。
旧↓  と  新→
kaiko000.jpgkaiko000_new.jpg


ちなみに元々はこれ↓
kaiko000_org.JPG






北海道庁旧本庁舎(赤レンガ)の中のどこかの部屋。
撮影は1990年。

posted by 並句郎 at 19:22| 雑事 | 更新情報をチェックする

2014年05月09日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘220 「渚」

滑駅。
kaiko220.JPG


しょこつ駅。
北海道。
撮影は1980年。

「完全征服」によると「渚」の読みは、
 音読み=ショ
 訓読み=なぎさ・みぎわ


漢和辞典で「みぎわ」の読みを載せているものは無かった。(字義は有り)
ちなみに、「なぎさ・みぎわ」と言えば準1級では他に「汀」があるが、「汀」の読みは「なぎさ・みぎわ」の両方載せているものが多い。


字の成り立ちとしては形声(漢字源では会意兼形声)だが、音符「者」の意味付けもされている。
一例として漢語林では、「者は、あつまるの意味。」とし、さんずいと併せて「水中に土砂が集まってできた、なかすの意味を表す。」とのこと。

その成り立ちの通り、「なぎさ」よりも「す(洲)」を第一義として載せている辞書も多く、漢語林では訓読みとしても「す」が載っている。


まあ現代日本では人名として使われるケースが一番多いだろうね。
試しに「渚」で画像をググってみると…
あぁ、やっぱり ^^;
しかしこの、大島渚氏の存在感 ^^;;;;;;;;;;

posted by 並句郎 at 22:47|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月07日

「暗い夜、星を数えて」

140507.JPG新潮社
彩瀬まる 著
暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
(2012年2月25日 発行)


ご覧の通りの表紙。
一体どうすれば鉄道車両がこういう壊れ方をするのか。
まあ、それはともかく。

福島県の常磐線新地駅に停車中だったこの列車に乗っていて地震に遭った、若い女流作家の体験記。

第1章は、地震に遭い、避難し、埼玉の自宅に戻るまで。
第2章はその年6月、福島の知人を訪問し、2日間のボランティア体験。
第3章はその年11月、福島で避難時に世話になった人へのお礼行脚。

それ以上の内容については、被災者でもなければ被災地を生で見たことも無い自分があれこれ言うのははばかられるが、一被災者、特に現地人ではない人物の体験記として、作家ゆえ(?)の読みやすい文章とともに上質だと思う。

ただ、上記の通りの副題と表紙ではあるが、鉄道色は極めて希薄。
この副題と表紙でなければ自分もこの本を手に取らなかったかもしれないし、そのあたりは売り方がうまいなーと。
いや、自分の場合は買ったわけじゃないが ^^;

posted by 並句郎 at 21:55|   図書館本各記事 | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

準1級配当漢字 懷古寫眞舘219 「胡」

町。
kaiko219.JPG



“えびすちょう”の電停。
広島市。

以前の「黄昏時」とほぼ同じ写真なので、色合いとか少し変えてみた。
前回は記憶だけで「確か胡町あたり」なんて書いたが、あらためて地図で確認してみると間違いなく胡町。
撮影は四半世紀以上前の1987年だが、左の三越、その奥の福屋、右の百十四銀行、そして撮影地点である歩道橋など、今も変わらない。


「完全征服」によると「胡」の読みは、
 音読み=コ・ゴ・ウ
 訓読み=あごひげ・えびす・なん(ぞ)・でたらめ・ながい(き)・みだ(り)・いずく(んぞ)

それこそ「でたらめ」で「みだり」とも思える訓読みだが…


漢和辞典を見てみる。

そんなに大量の訓読みを載せている辞書は無い。
「えびす・なんぞ」は、ほぼ全ての辞書に載っている。

字の成り立ちもいくつか説があるが、「あご下の肉」という点は共通していて、それが原義のようだ。
部首は「にくづき」だしね。
音符の「古」にも意味を持たせているものがあるかと思えば、漢字源では「古」は「たんに音をあらわし、原義(ふるい)には関係がない」と言い切っていたりする。

字義が多様なので熟語も多様で、とらえどころが無いと言うか…
なんとも胡散臭い字だ ^^


広島の胡町の名は胡子神社に由来するようで、別に異民族の居住地だったとかいうわけではないようだが、異民族を指す「えびす」には他にもいくつか漢字があったはず。
漢字辞典ネット様で「えびす」の読みを検索してみる
夷 胡 戎 蛋 蕃 蛮 虜 狄 羌 羯 蜑 蠻 貊
準1級までの範囲でも7字も!
そんなにあったか。
恐るべし中華思想!?

posted by 並句郎 at 20:54|   寫眞舘各記事 | 更新情報をチェックする